皆さん今年のGWはいかがお過ごしでしたか?久しぶりに公的な行動制限のない大型連休でしたね。私は、運良く当直(注1)にも休日当番にも当たりませんでしたので、ちょっと遠出させていただきました。行き先は信州。上田と別所温泉です。
一昔前に「歴女」と言う言葉が流行ったことがありましたが、その「歴女」さんたちの中で人気の高い戦国武将に「伊達政宗」さんと「真田幸村(注2)」さんがいました。この2人、確かにカッコエエんですけど、その生き方は結構対照的なんです。政宗さんは名門のお生まれで、守るべき伝統や家臣のある「私には守るべきものがある」と言うカッコよさ。幸村さんは家を失った後、己の一個の才覚を思う存分に発揮したと言う「私には守るべきものはない」と言うカッコよさ。
どちらがカッコエエのかと言う点については難しいところですが、私は「私には守るべきものがある」と言うカッコよさの方が好きです。しかしそれは好みの問題であって、このお2人に胸をときめかせる歴女の皆さんはさすがにお目が高いと言ったところですね。
その幸村さんが青春を過ごした地が信州上田です。数年前に大河ドラマで取り上げられたことから一躍有名になりましたが、そろそろほとぼりも覚めたかな〜と思い行ってきました。
何しろGWですから、高速道路も車々の大行列で「動かざること山の如し」でしたが、そこはそれ「果報は寝て待て」「待てば海路の日和あり」を座右の銘とする私ですから、待てば解決すると分かっている問題にイライラするほどの魂の熱量は持ち合わせていません。スマホでノウハウ本やら経済やら歴史やらの解説を聴きながらのんびりと進み、日が少し傾いたころ上田に到着となりました。上田の街は真田真田真田真田と真田一色で少し驚きました。上田は幸村さんが青春を過ごした地ではあるものの、真田本家はお兄さまである信之さんの家系で信州松代10万石です。今の上田城はその信之さんが転勤にした後にやって来てた仙石忠政さんが建てたもので、その後仙石さんも転勤になり松平さんと交代。で、そのまま幕末を迎えます。つまり、真田氏が上田にいたのはほんのひとときのことなんですね。
お城の中には真田神社と言う神社があり、社務所には「勝ち」守りが売られていました。真田日ノ本一の兵(つわもの)とは言われますが、最後は負けて首を取られた武将の勝ち守りとは此は如何にと思わんでもなかったです。「何がなんでも生き残る」派の私は買いませんでした。
さて、往路に時間がかかりましたので、そうそう観光する時間もなく、そのまま別所温泉に向かいました。創業元禄年間と言う古いお宿で、硫黄の香りのする湯に浸かり、のんびりさせてもらいました。
たまには命の洗濯ですね〜(^^)
♪ 滅びたる 兵(つわもの)も今 祀られて 勝ち守りとて 時ぞ優しき
(大伴ヤキモチ)
注1)外科医たるもの、時々は当直くらいないと体が鈍りますからね。
注2)「信繁」さんが本名らしいんですが、「幸村」さんとして高名ですので本稿では「幸村」さんとします。